『京都論』
京都人の知恵
京都といえば金閣寺に
舞妓さん---
多くの人が京都のイメージをこんなふうにとらえていらっしゃるのではないでしょうか。それはほんの理解の一面でしかありません。 柔らかで上品な物腰、きれいに手入れされた小さな坪庭の陰に隠された底力を隠しつづけてきたのですから・・・。
その力とは---
そのひと言でいえば、しなやかでしぶとい生命力と私は考えています。京都という町は経済の力では隣の大阪にかないません。政治の力も東京にはおよびません。 武力もないお公家さんや京の人々がこの千二百年もの間を生きぬいてこられたのは、相手を怒らせることなく話をまとめる技術、そして自分のいい分(主張のこと)を通す技術を身につけていたからなのです。
多忙な日々を過ごし世界百カ国近い地を訪問する生活は、わたしに「京の底力」を実感させることになりました。幸か不幸か、わたしは生粋の京都人ではありません。 生まれたのは大阪、戦前までは上海で過ごし、京都に住むようになったのは戦後のことです。 以来、半世紀近くを京都で暮らしてきました。だからこそ、京都という町やその暮らしを、内から外から眺めることができるように思います。
元来、日本人は誇り高い優秀な民族です。マナーや礼儀に厳しく、外国に誇れる文化や伝統もあります。でも、なぜか好かれない。自信もない。 そこで、京都を見てほしいのです。千二百年、この町を守ってきた京都の人は生き方がうまい。プライドも昔のまま、捨てることなく保っています。辛いときでも涼しい顔の京都人。関東や大阪とは、明らかにちがう京都商法に見られる交渉の巧みさをお伝えしたいと思います。
この町でわたしを育ててくれた京都の知恵をご紹介することで、日本人であることのすばらしさを再確認されることと思います。そうすれば、もう大丈夫。自分を知ったうえで、誇りをもつ人間はどこへいっても恥ずかしいことはありません。「知恵」は、あなたにそんな自信をあたえてくれるはずです。
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